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メッセージ from ひとみみのる


謹賀新年・欣賀新年

深念、神念、真念、慎念、普念、申念、審念。
明けましておめでとうございます。

「瞳みのる&22世紀バンド」はお陰様で、今年で4年目を迎えます。
昨年10月末には二年前から夢に描いていた北京公演も実現し、成功裏に終えることが出来ました。これも偏に皆様方のご支援、ご支持の賜物と有難く感謝しております。
今年度は、その成功にあやかり台湾公演が実現できればと夢想しております。
また、恒例のバースデイ・イベントを9月23日に故郷の地、京都で行います。できましたら是非ともお運びくださること古都で鶴首しております。

今日新年、明日新年、終日新年、毎日新年、連日新年、毎年新年、通年新年の
心念で、新年、心機一転、その新念で邁進いたします。
今が新年金が新年、銀河新年、動画新年。

新年得宴会、「酉」年に三水偏をつけて、どうでも得宴会?
失礼しました。
閑話休題、上段は中断しまして下段のご挨拶。

恭賀新年
本年も旧年同様宜しくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸を年始に当たり心よりご祈念申し上げます。
今日が信念」の初めと肝に銘じつつ。


2017年 丁酉正月 瞳みのる拝年

「二匹目の泥鰌を求めて」

「瞳みのる&二十二世紀バンド LIVE2016~日中を翔るポップスライブ~」は、12月22日、渋谷文化総合センター大和田さくらホールにて無事に大千秋楽を迎えることができました。 “音楽は時代と国境を越える”をテーマに、北京公演を皮切りに駆け抜けて参りました。公演各地での皆様の熱いご声援や晴れやかなお顔は、今も、僕の心と記憶にしっかりと焼き付いています。 僕にとっては、身を以て国境を越えての音楽の楽しさを感じたツアーでしたが、ご参加くださった皆様におかれてはいかがでしょうか。 北京での様子も含めてDVDに収録されると聞いていますので、「2016年ライブ」を、是非これからも何度でも楽しんで頂ければと思います。

I really don't want to know
(1953年、詞・曲:Howard Barnes and Don Robertson)を、なかにし礼が「知りたくないの」(1965年、日本語詞)のタイトルを付け、菅原洋一が「あなたの過去など知りたくないの」と歌い日本でも大ヒットしました。

ちょうど一か月ほど前、自宅近くの公園で少し背の届かない鉄棒にぶら下がろうとして飛びついたのですが、鉄棒を掴み損ねて地面に落下し、思い切り尾てい骨と後頭部を打ってしまいました。一瞬何が起こったのかわからないように記憶が途絶え、直後に激痛が走りました。
でも、どうやら外傷はなく、尾てい骨の打撲か骨折かという感じで、骨にはひびが入らなかったようです。昔、右足親指と肋骨3本を折りましたが、ひびが入ったことはありません。ひびが入ると相当痛くて耐えられないと聞いていましたから。これこそ、ひびよりも「骨折り得」というものでしょうか。
その後しばらくしてから、上記の歌詞がふと口をついて出てきました。僕は「尻痛くないのではなく、尻痛い」のだ、どうしても「尻痛い」のだと。こんな言葉遊びをしていると痛みが引いていくように思えました。「歌唱療法」というのがあってもおかしくないような気持ちです。あなたはそんな療法があれば「知りたい」ですか、そうはいっても、やはり日常の起居に差し障りがあり、身体を動かすと痛みを覚えます。
それでも、今はようやく今年のツアーが無事終わりホッとしています。徐々に痛みも引き、今年中には完治するのではないかと予感しています。

2016年、初の海外公演である北京ライブが成功し、引き続いての国内公演を無事に終えられましたことは、偏に皆様方の変わらぬご支持ご声援の賜物と、心から感謝しております。
次は二匹目の泥鰌とばかり台湾公演を夢想して、二十二世紀バンドは来年も頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
厳寒の折、皆様お体を十分お厭いください。

Merry Christmas!
良いお年を!

ひとみみのる拝
2016年12月24日

あなたの過去など 知りたくないの
済んでしまったことは
仕方ないじゃないの
あの人のことは 忘れてほしい
たとえこの私が 聞いても言わないで
あなたの愛が 真実(まこと)なら
ただそれだけで うれしいの
ああ 愛しているから
知りたくないの
早く昔の恋を 忘れてほしいの


「更級蕎麦紀行」

2016年12月4日
長野県坂城町での講演会を終え、東京へ帰ってまいりました。

12月3日講演会当日、先ず会場となる「さかきテクノセンター」で打ち合わせを済ませ、講演は午後2時30分から始まりました。講演前、妙に喉が渇くのでいつものことながら緊張からくるものだろうと高を括っていましたが、講演が始まると喉がひどく乾き、喉の管がくっついて塞がり、言葉を発することが出来なくなるほどでした。それによって勢い講演中、何度も水を飲みました。
その後も、どうしてこうなのだろうかと考えていましたが、その理由がわかりません。講演を終えた後ようやく数日来飲んできた風邪薬のせいだということに思い至りました。
講演自体は、今回もそうですが時間配分が上手くできず、何だか納得のいかない内容に終始し焦点がボヤケてしまったのではと反省することしきりです。

昨晩は、今回この講演会の仕掛人の歯科医師 K先生のご紹介で、千曲市戸倉にある「湯元 上山田ホテル」に宿泊しました。坂城町から車で20分程度の距離にあります。町自体、特に目立った観光スポットはありませんが、温泉が極めて素晴らしいところでした。
このホテルは二棟からなっていて、第一棟六階の大浴場、家族浴場、第二棟一階の露天風呂、同じく一階各室の個室浴場などがあり、様々に見学、入浴させていただきました。源泉かけ流しはもちろん、泉質も滑らかで大満足しました。肌がしっとりすべすべになり10年は若返ったような気分です。
翌朝、チェックアウト後、宿の女将さんにここから比較的近いところでお勧めの観光スポットはあるでしょうかと伺ったところ、様々な場所を教えていただきましたが、最終的には歴史上の伝説で有名な「姥捨」へ行くことに決めました。ところが女将さん自ら運転し案内して頂きました。
これもそれもすべてK先生への女将さんご夫婦のリスペクトからこんな僕までにもよくして頂けたのだと痛感致しました。

「姨捨駅」(ウィキペディアなどには以下のような記載があります[要約編集])
標高551mの山の中腹にあり、この駅は無人駅で自由に出入りが出来、ホームからは眼下に千曲川・善光寺平(甲越両軍が12年にわたり5度繰り返したと伝えられる、川中島の戦いの場である)を望むことが出来る絶景の地である。また、田植えの頃は「田毎の月」(長楽寺持田である四十八枚田に映る月)が有名。長野県更級郡冠着(かむりき)姨捨山のふもとの、小さな水田の一つ一つに映る月。名月として知られている。
「足を延ばして訪れて見たい駅」
2007年日本経済新聞社のアンケートの全国第2位にランクされた。
「日本三大名月の里」
2008年には全国に数ある月の名所の中から当駅周辺が第1位の「お月見ポイント」に選ばれた。
「日本夜景遺産(自然夜景遺産)」
2012年認定。

「姨捨」に関する短歌・俳句について挙げてみました。
『更級日記』(菅原孝標女1008-1059)
月もいでで やみに暮れたる をばすてに
なにとてこよひ たづね来つらむ

松尾芭蕉(1664-1694)『更科紀行』)
おもかげや 姥ひとりなく 月の友
十六夜も まだ更科の 郡かな(いざよひも まださらしなの こほりかな)
元旦は 田毎の月こそ 恋しけれ

小林一茶(1763-1827)
百里来て 姨捨山の 雨見かな
姨捨てし 国に入りけり 秋の風
姨捨てた 奴もあれ見よ 草の露

今回講演会で、唯一歌つたのが「但願人長久」(但だ願う人の長久なるを)という仲秋の名月を歌った曲でした。この曲は中国北宋時代の蘇軾(1036-1101蘇東坡)の詞に、台湾の梁弘志(1957-2004)が曲をつけ、鄧麗君(テレサ・テン1983年)が歌い、その後1995年王菲(フェイ・ウォン:北京)、2004年張学友(ジャッキー・チュン:香港)などがカバーしています。日本語詞は、2016年ひとみ みのる。
奇しくも、前夜にこの曲を歌い、翌日「名月の里」を訪ねることになろうとは思いもよりませんでした。

話は前後しますが、坂城町の講演会に先立ち、山村弘町長から歓迎の意を込めて町のやや郊外、牧歌的な山村のようなところにある蕎麦屋へ案内され、うどんとそばをご馳走になりました。
そのうどんとそばは、これまでに、ごく稀に食べることはありましたが、なかなか都会では見かけることもなければ、食べるチャンスもほとんどないもので、名物「辛味大根」を絞ったつけ汁で食べるというものです。

「身にしみて 大根からし 秋の風」(松尾芭蕉『更科紀行』)

辛味大根で食べる麺類は大根の辛味のうまさとその自然な甘さがミックスされた 絶妙な味で、ここでしか食べられない味だと思いました。
デザートは、ご当地信州リンゴ(品種はふじ。この蕎麦屋さんの前の畑で摘み取ったばかり)でした。

話は温泉宿に戻りますが、 宿泊した温泉宿で色紙にサインを頼まれて、次のように書きました。
「温泉 とくら 上山田ホテル」
本当は「戸倉」は「とくら」でなく「とぐら」と濁るそうです。これは「姥捨」を 観光し終わって、屋代駅から「しなの鉄道」に乗った際、車内放送で「とぐら」と アナウンスされたので、調べてみると「とくら」と言わないことが判明しました。
自分の無知を知ったのです。
すでに色紙には「とくら」と書いてしまい、今となってはもう修正できません。
もし女将さんが、なぜ「ぐ」と濁っていないのだろうか不審に思われたらそこで、 そうだ、上山田の温泉の湯は澄んでいいるので、「とくら」と書いた だと、多少こじつけになりますが弁明しようかと考えました。

本当に歯科医師K先生・坂城町長を始め多くの長野の方々に何から何までお世話になりました。どうか、これに懲りず、今後とも ながのの お付き合い 宜しくお願い申し上げます。

追伸:
湯元 上山田温泉へ
「温泉 とぐら(戸倉)湯元境(とうげんきょう=桃源郷)上山田賓館にて」
この次もし機会があれば、このような色紙を書いてお送りしたいと思います。



[photo]  更級蕎麦紀行 >>


長野県埴科郡坂城町 ホームページ
12月3日(土)人権を尊重し豊かな福祉の心を育む町民集会
~共に認め合い、共に支え合う社会をめざして~
>>



 12/3(土) 長野県 坂城町 にて「講演」 >>

ひとみみのる拝
2016年12月7日

北京ライブ報告

「お陰様でどうにか皆様に喜んでいただけるような北京ライブになりました。」

「ライブの半ば、本来アメリカの曲ではあるのですが、僕の呼びかけに日中両国によく知られた曲のメロディーが自然に湧き出た泉のように会場にいる中国人の歌声で起こり、日本人の歌声が続きました。」
ライブハウス全体が日中一体になった瞬間でした。これこそ僕が待ち望んでいた時でした。胸が一杯になりました。



10月29日(土)
公演当日、午後2時前に会場入りして音合わせ、7時開演、9時終演、会場隣の中国レストランで10時打ち上げ、午前2時終宴。

10月30日(日)
午前9時起床、食欲もなかったのですが10時朝食、その後ホテルでゴロゴロして何もする気力がありませんでした。夕方前には数年ぶりにマッサージに行ってきました。宿泊したホテル近くの。
疲労と安心感がないまぜになったような虚脱感、加えて打ち上げで飲みすぎたせいもあって昨夜は眠れず、かといってまた眠ろうとしても眠れず、何もできずただひたすら終日ボーッとしていました。

10月31日(月)
今は漸く冷静に無事北京公演終えられたんだという思いで、正気に戻ったようで、ホットしています。




今回の初海外公演を終えましたが、最後の最後のプログラムの曲が終わるまで、昨年末より計画の緒に就いたものの、日本でのようには思いに任せないことばかり、すべて細いロープの綱渡りのようで、ひと時も気の休めない北京ライブでした。
それでも最終的には日中両国のスタッフ、バンドメンバー、そして遠く日本から応援に駆け付けてくれたファンの方々、また中国までは来られなかったものの熱い声援を陰ながら送って頂いたファンの方々、駐中国横井大使を始め日本大使館の後援及び日本商会などのご協力の下、今回協賛を頂いた三菱商事を主に多くの企業に支えられて、北京公演が無事成功裏に終えられました。これらはひとえに皆々様方のお蔭と感謝致しております。
ここに心よりお礼申し上げます。


[photo]  LIVE2016 IN BEIJING >>

~日中を翔るポップスライブ~IN BEIJING

  ひとみみのる拝
2016年10月末日 於北京







以降のMessage